トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2015年8月7日金曜日

トロントからヨーロッパ旅(7) ロンドンで最初のコーヒーハウスを訪れる



蛇口をひねればお腹を壊すことがない生水が飲める。そんな暮らしに慣れていると、つい数百年前の飲用水の常識がどうだったのか、そんなことを考える時があります。

旅は縁


数ヶ月も前のこと。東京のとあるコーヒー店主と「コーヒーが廻り 世界史が廻る」という新書が話題にのぼり、「コーヒーがどのように世界に広がっていったのか」「いったいロンドンに住むイギリス人はコーヒーを飲む前は何を飲んでいたのか」という、きわめて素朴な疑問が頭の片隅に置かれます。人生初のイギリス旅行。直接のきっかけは、イギリス国立鉄道博物館の蒸気機関車を見ることでしたが、思えば旅の計画すら思いつかなかったその時にこんな話題が出ていたことを思い出し、「旅は縁」だとつくづく思います。

ロンドンのパブ文化の源流


日本でいうと、ちょうど徳川家康(1543年 - 1616年)が江戸時代を開いた時代。17世紀のロンドンでは、ワインやビールのといった比較的アルコール度の弱い飲料が、もっぱら飲料水の代用として低温殺菌が行われている安全な飲み物として提供されていました。イギリス清教徒と呼ばれるキリスト教徒が革命の中で禁酒禁煙など厳格な生活を求めていたという後押しもあり、タバーン(Tavern)やパブ(Public House)といったお店の多くが、イスラム圏からやってきた新しい飲み物のコーヒーへと鞍替えを行います。そして全盛期には実に8千軒を数えるコーヒーハウスがロンドンに作られ、一大文化を作り出すまでになります。

ワインは当時比較的お金を持っている人の飲み物として愛飲家も多く、ビールは庶民の飲み物として一般的でした。それに取って代わる飲料として、17世紀のロンドンではコーヒーがもてはやされた、というわけです。

パスカ・ロゼに行く


ロンドンのコーヒーハウス第一号店であった「パスカ・ロゼ(Pasqua Rosee)」。



これが、その全景。新書で初めて知った17世紀ロンドンの歴史。文章で読むのと実際に訪れるのとでは違うわけですが、実際に店の前に立つと「あ、なんだ」と言われたらそれまでのような感じです。それでもここまで見にくるというプロセスが大事。



この店の仕掛人は、地中海沿岸で貿易商を営んでいたレヴァント商人ダニエル・エドワーズ。ロゼは彼の召使として毎朝コーヒーを淹れていたわけですが、ロンドンに戻る時にご主人様に同行することとなり、コーヒーハウスをもたされたのがこの店の誕生の由来。商人としては、いまだ知られていないコーヒー豆をロンドンの住人に売るため、いまどきの「アンテナショップ」として「コーヒーという飲み物」を宣伝する貿易商ならではのアイディアから誕生したお店です。

コーヒーと言えば、今では誰もがその味を知っている時代。しかしこの時代のヨーロッパで、コーヒー文化は始まったばかり。誰も知らない無名な飲み物でした。それが今では、インスタントや缶コーヒー、コンビニの100円コーヒーにサードウェーブまで加わって、百花繚乱の時代。トロントでも、人気店は朝の休憩時間に行列ができるほど。ロゼが今の発展を思い描いていたかと考えると、想像するだけでもなかなか楽しいことですね。



行ってみるとびっくりするほどの路地裏だったのが、印象的。今でもお店としては営業していますが、すでにコーヒーハウスではなくり「THE JAMAICA WINE HOUSE」という名前のパブに変身。ここにもロンドンのコーヒーハウスがたどった歴史の爪痕が残っています。そして「ロンドンのコーヒー文化が始まった」その場所を、この目で見ることができたのは、良かった。来た甲斐がありました。

ちょうどこの日は休業日。日程としてはもう一度ここに戻ってくることはないと思い、写真を数枚撮ってロンドン観光の初日の締めくくりとします。

翌日、英国銀行の貨幣博物館に寄り、その後「Magna Carta」を見に大英図書館に行った後、遅い昼食を取りに別なコーヒーハウスに向かいました。このことは、次回に詳しく。

そして肝心のコーヒーですが、実はロンドンでは飲まずに帰ってきてしまいました・・・・