トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2015年7月24日金曜日

トロントからヨーロッパ旅(4) イギリス・ヨーク街歩き



人生初のヨーロッパ旅の目的地をヨークに選んだ2つ理由。きっかけはイギリス国立鉄道博物館を訪れることでした。偶然、住んでいる街カナダのトロントが今から200年程前に誕生した時につけらた名前が、この街から取られたという由来に気づき、ここを訪れることでトロントの生い立ちも知ることができる? と不思議な縁に驚きました。

今回は、ヨークの街を歩いて感じたこと等をまとめてみます。

城壁のある街


鉄道でヨークに到着したのは夕方。飛行機と鉄道を乗り継いでの長旅の後、雨の中ホテルまで歩いてクタクタに疲れてしまったので、この日は翌日に備えるために部屋で過ごします。夜が明けて窓の外を見ると、雨まじりのどんより曇り空。雨が多い街とは聞いていましたが、さすがイギリス。折りたたみの小さな傘を持ってきて正解でした。



まずはホテルで簡単な朝食を済ませます。宿泊に朝食がついているプランだったので、助かりました。メニューの「Full English(目玉焼き2個、ベーコン、ソーセージ、パン、トマト、マッシュルーム、豆、黒プディング)」を選びます。



行きの鉄道で味を覚えたミルク・ティーを。



こっちでは目玉焼きを注文する時、どんな風に焼くかを聞かれるので、念のため「Sunny Side Up」って言ったら、ちょっとびっくりした顔で「Off Course!」って言われました。イギリス式は特に指定しないのですね。量が多くなく、生野菜が欲しいかな? と思いましたが、全体的に普通に美味しかったです。



ホテルから鉄道博物館までは、徒歩15分ほど。コンデジとiPhoneを小さなカメラバッグに入れ、小さく折り畳める薄手のリュックをしょって、出発です。



ホテルは街のはずれにある住宅街の中にあって、煙突が印象的なれんが造りの家が建ち並ぶ街並を見ながら、博物館のあるヨーク駅に向かいます。



駅に近づくと、昨日は全く気づかなかった門が見えてきます。初めて見た風景は、このブログの最初の写真ですが、近づいて撮ったのがこれ。突然目の前に現れた、生まれて初めて見るヨーロッパの「城壁の門」の印象は強烈でした。



門にはプレートが埋め込まれていて、ここが「MICKLEGATE BAR」という名の門であること、ヨークでも重要な役割を果たしていた場所であること等、由来が簡潔に説明されています。



ここはちょうど地図の左下。城壁で囲まれた街だということが良くわかります。



ヨークが始まったのは、紀元71年。当時ヨーロッパを支配していたローマ帝国により砦が作られたのが始まりで、ほぼ2000年の古い歴史があることになります。ここはヨーロッパ中世時代に作られたのにも関わらず今でも保存状態が良く、歩いた城壁は紀元1000年頃のもので、街としては新しいほうだと言われています。



門は城壁の上に階段で上ることができます。



こうやって歩くことができるのですが、高所恐怖症の私は100メートルが限界で、引き返してしまいました。



この城壁の上を歩くことができるわけです。



実際に歩いたのは短い時間でしたが、城壁の上から眺めると、ヨーロッパ人の街づくりというものを肌で感じることができた気がします。



午後に街の誕生を辿ることができる遺跡の展示が行われている街の博物館「Yorkshire Museum」を訪れてみました。



ここではさらに深く街の歴史を知ることができます。圧巻は石。日本で生まれ育った私にとっては異質とも思えるほど。ヨーロッパの街が「石を積むことで作られて来た」ということを実感しました。



特に博物館の外庭に残された城壁が印象的で、St. Mary’s Abbey(聖マリア修道院)の教会の遺産として残っているもので、建てられたのは街の城壁とほぼ同じ紀元1200年頃のこと。



美しい緑の芝生と好対照に、朽ちて行く石がなんとも歴史を感じさせます。



これを見ながらふと、モントリオールの歴史博物館の地下に保存されていた、街の発祥となる場所の発掘現場の石垣を思い出していました。ケベックとモントリオールの街を作ったのはフランス人でしたが、中世ヨーロッパを感じさせる街作りという意味では、モントリオールはよりヨークに通じるものがあると実感することができます。

もともとカナダにはファースト・ネーションズの人々が住んでいたわけですから、ヨーロッパ人が土地の新参者として入って行くためには、交通の要である川沿いに壁を作ってまずは居住地を確保することが先決というのは歴史が証明しているところで、「古き良き時代の」ヨーロッパは、石を積む文化なのではないかという印象を強くしました。

川のある街


ヨークは、中心を貫いているウース川(River Ouse)、フォス川(River Foss)のちょうど合流地点にあり、街を歩いていると、川の存在が印象的です。古い都市にとって、船と川はその発展に大切な役割を果たしてきました。



確かに、この街の繁栄の一端は、地理的に2つの川が交わる地の利に目を付けたローマ人によるもの。陸と川を結ぶ重要な軍事拠点として誕生します。今ではウース川は観光船が行き交うのどかな風景を見せてくれますが、かつては大西洋に流れ込むハンバー川(River Humber)の河口にあるハル港(Port of Hull)との間を運搬船が行き交う、内陸の交通の要だったのだそうです。



街を歩いていると、今では船が行き交うことも無い静かな運河もあり、なかなか風情があります。



夕暮れ時のウース川は、静かで美しく、川沿いのパブがパティオを作っていて、楽しそうにビールを飲んでいる人たちを見かけました。



雨が降っていた午前中はもっぱら鉄道博物館で過ごしたわけですが、ホテルに戻り一息つくと晴天。イギリスの天気は変わりやすいと心得ます。







コンパクトデジカメを片手に、日が暮れるまで街を歩くことができました。



ヨーク公とトロントの関係


イギリスの中世では国王と貴族によって国が支配されていましたが、ヨーク公(Duke of York)という爵位が1384年に作られると、ヨーク公であったエドワード4世が「ヨーク朝」を起こしイギリス国王に即位(1461年)すると、ヨークはイギリスの政治においても重要な位置を占めるようになります。

以来、ヨーク公はイギリス国王を多く排出する名門となります。この街がイギリスにおいて「北の首都」と呼ばれる伝統は、こうした歴史によるものなのでしょう。

イギリスが北米に進出していった時代、植民地に次々とイギリスの地名がつけられます。それはもっぱら、植民地国家として、国内外に威信を示す目的もありましたから、イギリスにおいて歴史と伝統のある名前が、新たに作られる街の名前として選ばれていったのでしょう。

北米において最も有名な「ヨーク」は、現在のニューヨーク市。もともとオランダの貿易拠点として作られたニュー・アムステルダム(New Amsterdam)が、1664年にイギリス支配下に入ると「New York」と改名して現在の名前になります。この時Yorkの名前は、当時の第5代ヨーク公(James Stuart)を記念するという由来となります。

トロントがヨーク(Town of York)として出発した時の状況は、これとほぼ同じでした。ニューヨークが誕生して100年以上たった1793年には、イギリスから独立してまもないアメリカ合衆国の首都として強大な存在感を放っていました(1785〜1790年)。カナダは当時、アメリカ合衆国と国境線で激しい駆け引きを繰り広げていて、イギリスにとっては、新興国アメリカと北米大陸での覇権争いに勝利するため、カナダのヨーク(Town of York)は重要な戦略的な拠点であったことから、イギリス北部の重要都市「York」と名付けることは、ごく自然なことであったと思われます。

鐘の音がする街


イギリスにおいて強大な権力を発揮していたのは、国王、貴族そしてキリスト教会でした。イングランド国教会と呼ばれるイギリスの教会組織は、もともとはローマ教会(カトリック教会)から枝分かれした教派ですが、特にヨークはカンタベリーに次ぐ大主教(教会組織の長)座のある教会があり、宗教的にも大変伝統のある街ということになります。



街の中心部には、ヨーク・ミンスター(ヨーク大聖堂:York Minster)と呼ばれる荘厳な教会がそびえたっています。



天を突くような教会は、圧倒的な存在感を見せています。ここは大聖堂建築としては世界第2位の規模を誇ると言われていて、間近に見ると圧倒されるほど大きいのですが、いまだに忘れられないのが、教会の鐘の音。



大聖堂の周りを歩いている時偶然鳴り始めたのを聴き、なんとも言えない深みのある鐘の音に感動して、30分後に次の鐘が鳴るまで待って、ムービーで撮影しました。決して大きな音ではありませんが、腹に響く音というか、深みのある音は長い年月のなせるわざなのでしょう。

イギリス国立鉄道博物館を目指した旅でしたが、歴史と伝統のヨークの街を体験することで、さらにトロントの発祥について考えることができたのは、大変大きな収穫でした。

次回は、鉄道博物館についてまとめてみたいと思います。