トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2015年5月18日月曜日

自習カナダ史第10話:「旅は、歩くこと」というお話

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再来年にカナダが迎える建国150周年。せっかくトロントに長く住んでいるのだから、この際カナダの歴史についてしっかり理解しておこう、というきっかけで始まった「カナダ自習史」。ちょっと間が空きましたが、少しずつまた始めてみたいと思います。

これまで9回に分けて見てみたカナダの歴史。「そもそもカナダ人はどこからやってきたのか?」という素朴な疑問は、氷河期や考古学の世界へと私を導いてくれました。国としては若い歴史を持つカナダですが、源流を突き詰めて行くとアフリカで誕生した最初の人類にたどり着く、という視点で理解することもできるわけです。

そもそも人類の祖先と呼ばれる類人猿とヒトを分かつのは、何だったのでしょうか。専門的な知識のない者が言えることかもしれませんが、その一つの要素に「完全なる2足歩行を果たした」ことがあるのは、異論のない所でしょう。

人間は、歩く動物


生存のために食料を求めて歩く生活から、いつしか旅となる。ついにふるさとであったアフリカ大陸を後にして、ヨーロッパやアジア大陸に向かい、最終氷河期の終わりに北米大陸へと到達します。

彼らはなぜ旅立ったのだろうか? そんなことを考えます。アフリカの森の奥で「この先にはどんな世界があるのだろうか?」と思った集団がいたのでしょうか。それとも「ここではもう、暮らせない」と新天地を求めなければならないと決心した集団がいたのでしょうか? この旅がこの後約400万年という気の遠くなるような時間を経て、アメリカ大陸という人類がまだ見ぬ世界を発見することになるとは、思いもよらなかったことでしょう。

北米へと旅を進めた人類の歩みを可能にしたのが、氷河期の海面の衰退。これまで行く手を阻んだベーリング海峡はこの時アジアと北米の両大陸を結ぶ「陸の橋」となります。この時彼らは、マイナス40度を超える寒冷地でも生き延びる術を獲得していました。そして再び「ここを渡ろう」と決心した集団が現れるのです。

ベーリング海峡を陸路渡り、アラスカを通り海沿いを南へ、あるいは凍りつく現在のカナダ北西部のユーコン準州を南へと続ける彼らのこころには、どんな思があったのでしょうか。

閉ざされた北米大陸


皮肉なことに、厳しい氷河期が終わり彼らにとって温暖な気候が訪れると、ベーリング海峡の「陸の橋」はいつしか海中に水没してしまいます。氷が溶けるまでのわずかな時間に歩き続けることを決断した者たちだけが、再び閉ざされる北米大陸への扉を抜けて旅を続けることができたのは、何かの運命であったのでしょう。

北米人類の先祖となったごくわずかの集団は、南へと移動しながら温暖で肥沃な場所を求め、もっぱら川伝いに移動しながら、千年単位というゆるやかな時間の中で土地に対する知識を得、「ラストフロンティア」での暮らしを確立して行きます。

人類の時代区分で言うと、彼らが北米に入ったのは石器時代の終わり頃。後にバイキングがニューファンドランド島付近に上陸するまでの間が約1万年という間、北米大陸は外界から完全に閉ざされていました。

この間彼らは、大陸中央部(カナダ・マニトバ州、サスカチュワン州、マニトバ州南部)の大草原地帯で大規模な狩りの文化を作り出し、東部(オンタリオ州南部とアメリカ合衆国のミシガン湖南部)では農耕文化が始まり、部族同士のネットワークが作られ、南のメソアメリカではマヤ文明に代表される、独自で高度な文明を起こします。

外界から閉ざされていたからこそのできごと、とも言えるでしょうか。

再びその扉が開かれる時まで


このラストフロンティアの扉が再び開いたのは、1492年のこと。一人のヨーロッパ人によって率いられた船団が、マルコ・ポーロの「東方見聞録」で語られた「黄金の国、ジバング」へ向かって帆をあげたことから始まります。

その名は、コロンブス。富を求めて世界に進出していたヨーロッパ人の大航海時代の波が、アメリカ大陸へとやってきます。彼らが持っていたのは、徒歩よりはるかに自由に移動できる3本マストのキャラック船と、羅針盤の技術。北米の人類と同様、この先にあるまだ見ぬ富をめざして、大西洋を西に漕ぎだします。

この時手にした船舶航行の技術は人類の行動範囲を劇的に変え、その後鉄道と航空機の時代へとつながります。閉ざされたアメリカ大陸の扉が開くきっかけとなった旅の形の変化は目覚ましいものがありますが、一方人間の旅の根底には「歩くこと」があったのだという事実こそ、見直されるべきでしょう。

今回の写真は、今から2年ほど前にユーコン準州を旅した時、今思えばおそらく彼らが歩いたのではなかろうかと思われる一帯で偶然撮った一枚を。

極寒の地の秋に差し掛かった大地は、ふわふわとしたコケ類で覆われ、歩いているとジュクジュクと靴を濡らし、体力を奪っていくそばを太い足の雷鳥がトコトコと歩いていました。このコケはこの後厚い雪で覆われ、再び春が訪れるまでじっとその時を待つのだそうです。

人類がその誕生の頃から行ってきた「歩く旅」。私はと言えばこの時、顔を歪めながら先行するグループに置いて行かれないように必死に歩いていたことを、今は懐かしく思い出します。

(続く)