トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2015年3月15日日曜日

自習カナダ史第9話:カナダFirst Nations(ファースト・ネーションズ)の話



「Pre-Columbian(コロンブスがアメリカ大陸に到達する前)」という時代区分があるように、新たな植民地を求めてやってきたヨーロッパ人と北米先住民との出会いは、歴史を分かつ大きな出来事でした。

今回は、15世紀までの北米、特にカナダ政府が「First Nations(ファースト・ネーションズ)」として定義している資料をもとにカナダの先住民の状況についてまとめてみたいと思います。

なお、これまで「先住民」という言葉を使ってきましたが、これ以降は「ファースト・ネーションズ」という呼び名になります。

(1) Woodland First Nations – カナダ北東部の森林地帯に住む人々。主に狩猟民として移動しながら暮らし、400名ほどの集団を作る。「Hunter」と「Trapper」が地域一帯に詳しい知識を持つ。独自のカヌーを作り、自在に操った。

(2) Iroquoian First Nations – カナダ南部に住む人々。主に定住に近い生活をし、とうもろこし、豆、スクワッシュ(スリー・シスターズと呼ばれる3種の収穫物)を生産する農業を営む。細長い特徴的な住居「Longhouse」に住むことから、「People of Longhouse」あるいは「Haudenosaunee」と呼ばれた。安定した生活の中で「Huron-Wendat」連合や「Iroquoi」連合という独特の民主的な統治の形をうみだした。

(3) Plains First Nations – カナダ中部の平原地帯に住む人々。集団内に3つの階級「Noble – Commoner – slave」を作り出した。また、Pacific Coast First Nations との交易を盛んに行った。

(4) Plateau Fist Nations – カナダ中西部ロッキー山脈沿い に住む人々。

(5) Pacific Coast Fist Nations – カナダ西部太平洋岸に住む人々。主にサーモン漁を行い、トーテムポール文化を作り出した。

(6) First Nations of Mackenzie and Yukon River Basins – カナダ北西部に住む人々。厳しい気候環境の中、狩猟をしながら文字通り日々のサバイバル生活を行った。

これが「Geographical Groups」によってまとめられた、当時の区分です。

中でも最初にヨーロッパ人と出会ったカナダ東部に住むファースト・ネーションズの状況を詳しく見ると、大きくは二つのグループに区分できます。

【Iroquoi(イロコイ)語を話すファースト・ネーションズ】

Erie (エリー湖南部)
Neutral (Grand River〜Niagara River)
Wenro (Niagara River東部)
Haudenosaunee — Seneca, Cayuga, Onondaga, Oneida, Mohawk (Genesee River〜Mohawk River 、Adirondack Mountainsを北限)
Wendat (Huron) (Georgian Bay〜Lake Simcoe)
Petun (Georgian Bay南部)
St. Lawrence Iroquoians (現在のMontréal〜Québec City)

【Algonquin(アルゴンキン)語を話すファースト・ネーションズ】

Ojibwa(Lake Superior東部〜Georgian Bay北東部)
Odawa (Manitoulin Island とBruce Peninsula)
Nipissing (Lake Nipissingエリア)
Algonquin (Ottawa Riverエリア)
Abenaki (現在の Vermont州、New Hampshire州、 Maine州西部、Québec州南部)
Maliseet (St. Lawrence Valley南部〜 Bay of Fundy南部、現在のMaine州東部、New Brunswick西部)
Mi'kmaq (Gaspé 半島、現在の New Brunswick州、Prince Edward Island、Nova Scotia州)

カナダに最初にやってきたジャック・カルティエが、1534〜1535年にガスペ半島に到達した時、そこに住んでいたのはアルゴンキン語を話すMi’kmaq(ミクマク)族でしたが、出会ったのは集団でセントローレンス湾に漁に来ていた St. Lawrence Iroquoians(セントローレンス・イロコイ)族でした。カルティエの後にやってきたシャンプランの時代にはセントローレンス・イロコイはすでに絶滅しており、代わりにWendat (Huron)族と出会った、というわけです。

彼らはWoodlandの住人で、セントローレンス川から五大湖に通じる水路(Warterway)に精通していました。カナダの発展は、この水路に寄っていた部分が多く、現在もカナダ交通省(Transport Canada)に属する港湾課(Port Authority)の多くは五大湖に続くセントローレンス川の Saint Lawrence Seaway に集中し、カナダの海運の要所となっています。これらは、ファースト・ネーションズの知識によるところが多いと言うべきでしょう。

カナダに住んで18年になりますが、今まで知る機会がなかったカナダ前史をたどって行くと、カナダは国家としてはまだまだ短い歴史を刻むのみではありますが、土台となった先住民とファースト・ネーションズの歴史と文化には豊かなものがあったのだと、思わされます。

9回続いた「カナダ自習史」は、ここで一区切り。少し時間を置いて、次回からはヨーロッパの大航海時代後期に訪れた北米植民地の歴史に入っていきたいと思います。

最初の写真は、トロントのロイヤル・オンタリオ博物館のファースト・ネーションズ展示に置かれている「Longhouse」のジオラマ。当時のオンタリオでの生活が忠実に再現されています。