トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
自己紹介はこちら

2015年2月25日水曜日

自習カナダ史第6話:バッファローの話

20120924_165128

氷河期が終わり、北米の気候が現在に似た安定した時代に移ると、北米の人類は「Archaic period(紀元前8000年〜紀元前2000年頃)に入ります。この時代の人々は、比較的小型の石器を操るようになり、狩猟をしながら獲物を求めて移動する生活様式の円熟期を迎えていました。

紀元前5000年頃までになると地球は氷河期以降で最も温暖な気候に変わり、人類はさらに増え、数多くの集団が生まれます。現在のカナダをすっぽり包み込むように覆っていた氷床は、その大部分が溶け、湿地帯や草原が生まれると、温暖な気候の南部(現在のアメリカ合衆国)で狩猟民としての生活していた先住民は、現在のカナダ南部でも広く生活を始めます。

集団は最大でも50〜60名を一つのグループとし、獲物を求めて移動をしていましたが、ちょうど定住をする生活との中間にあったようです。カナダ西部ではサーモン漁、中部ではバイソンやバッファローを獲物にし、東部では内陸部は狩猟生活を行い、ヨーロッパ人が大航海時代に到達した頃には毛皮交易の基となる「Trading route(交易路)」を完成させていました。カナダの北東部、現在のニューファンドランド島を中心とする大西洋岸一帯には、墓や遺体を赤で染める習慣を持った「Red Paint People」(Maritime Archaic と呼ばれる文化を共有する集合体の中の集団)が住んでいたようです。

この時期の先住民の暮らしぶりがわかる有名な場所としては、カナダの中央部、現在のアルバータ州レスブリッジ付近に、ユネスコ指定の世界遺産に指定されているバッファロージャンプ(Head-Smashed-In Buffalo Jump)と呼ばれる遺跡があります。ここは、紀元前4000年頃に行われていた先住民の狩猟跡で、大規模なバッファローの狩猟が行われていたことを示す考古学的に重要な場所です。

猟の方法は組織的で、「バッファロー・ランナー(Buffalo runners)」と呼ばれる追い子がコヨーテやオオカミの毛皮を着て、幅300メートル、高さ10メートルの崖からバッファローの群れを追い落とし、谷にあるキャンプで解体するというものでした。

正式名はAmerican bison(アメリカバイソン)と言いますが、先住民が住んでいた時代は彼らの主な狩猟の対象となるほど多く生息していました。ヨーロッパ人がやってくると乱獲が始まり、結果として絶滅危惧種に指定されてしまいます。現在では少しずつ回復し始めているようですが、カナダでは保護動物として特別な場合を除いては人間は触れられないようになっています。

ウイニペグでは研究対象として放牧されているバッファローを見ることができる場所があります。オーロラで有名なイエローナイフでは、昼はオプション・ツアーでイエローナイフの街からハイウエイを通ってバッファローの生息地に向かい、マイクロバスの中から鑑賞することができます。満天の星空に眺めるオーロラは言葉が出ないほど美しいわけですが、昼間のバッファローツアーは、めずらしい黄葉風景の中をハイキングするのと合わせて参加して、なかなか思い出深いものとなりました。カナダの自然はひとくちには言えないほど、多種多様です。

今日の写真は2年前にそのツアーに参加した時に撮影したものです。この年の夏には山火事が多く発生し、群が餌を求めて平原からハイウエイ近くまで移動してきたために、多くのバッファローを見ることができました。現存する北米の動物の中では最大のものだというだけあって、遠くから見ていてもかなりな迫力。こういう群れと戦うのは命がけだったろうと想像するものです。

野生のバイソンを見ることができるのは、カナダではこの2箇所でしょうか。先のウイニペグにある博物館ではカナダの歴史や地形についての詳しい展示と共に、立派なバイソンの剥製が置かれていて、当時の狩りの様子がジオラマ仕立てで楽しく見ることができます。

ウイニペグはカナダの中でもなかなか日本に紹介されずらい場所ですが、「カナダのへそ」と呼んでもいいくらいちょうどど真ん中にあって、大陸横断鉄道VIAがちょうどここで中間地点となります。列車がゆっくり駅に入って行くと、職員の交代や食堂車のための食材などを積み込む場所として、一旦全員降ろされて市内観光に向かうことができるだけの長時間停車します。

それには理由があります。

駅に隣接している「The Forks」という史跡はマーケットなどがある市民の憩いの場。もともとここは紀元前5000年頃の先住民が東西の交差地点として使っていた場所で、18世紀にはヨーロッパからやってきた毛皮商人たちも「Trading Post」として利用。カナダが建国した19世紀中頃以降には東西を結ぶ鉄道の要所として発展しました。

ウイニペグはカナダ史の中でも重要な役割を担っている、おもしろい場所です。

さて、古代に話を戻します。

地球の気候が安定し、多種多様な植物や動物が生息し始めると、そこに住む先住民の人口が増えます。異なる場所を移動しながら生活する狩猟民であった彼らは、土地の気候や風土に合わせるようにして集団独自の文化を作り、文化の多様化と同時に話し言葉も数々の方言が生まれます。

当時の先住民の言葉については、次回にまとめてみたいと思います。