トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2015年2月23日月曜日

自習カナダ史第4話:無氷回廊の話

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前回は、人類が着ていた防寒具の話をしました。

「Paleo-Indians」と呼ばれた、北米先住民の祖先。彼らは簡素であるものの強力な防寒技術をものにして、アラスカの地から徐々に南に移動したのですが、彼らの前に立ちはだかったのは、目前に迫る広がるカナダの大地を覆う大きな氷の塊、氷河。

当時カナダの太平洋側、ロッキー山脈はコルティエラ氷床と呼ばれる氷の塊に覆われていて、中央部から東部にかけては現在のオンタリオ州やケベック州を中心にした広大な地域をローレンタイド氷床が覆っていました。これらは長い年月をかけて降り積もった雪がその重さで硬い氷となり、ケベック州のあたりで厚さ2000メートルにも達した膨大なものでした。

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写真右は、ロッキー山脈のアサバスカ氷河。現在では氷河の退潮現象は著しいと言われますが、かの日にコルティエラ氷床として存在したものの名残でしょうか。溶けて流れる氷河水はその場で飲めるのですが、本当に美味しいカナディアン・ウォーターです。

北米大陸の北側を覆っていた2つの氷床がぶつかっていた接点となったのが、現在のユーコン準州のあたり。アラスカで足止めをくっていた先住民たちは、氷河の接点から氷が溶け始めると、そこを通路にして北米大陸を南下したというわけです。これは今から1万3000年ほど前、ちょうど「Paleo-Indians」の時代の始まりに重なります。

その時彼らが見た光景は、はるか遠くに両側に高くそびえる地上の氷の山を見ながら、氷河水が溢れる湿地帯を動物を追って人類が通って行った、という雄大なものだったと言われています。

実はこれ、1960年代に研究者が立てた無氷回廊(Ice-Free Corridor)という学説で、長く北米大陸に人類が広がった最初のルートであると言われてきました。

ちょうど彼らの移動ルートになっていたと考えられる、ユーコン準州。一昨年トゥームストーン準州立公園を含めた地区を訪れる機会がりました。ここはカナダの中でも観光地としてはまだまだ知られていない場所です。

最初の写真は、9月にたった1週間しか見ることができないという黄葉風景を撮ったものです。公園と言っても、スケールは壮大です。限りなく遠くまで見渡せる場所に立つと、確かに「ここに氷の回廊があったのではないか」と思わせるような神秘的な空気に満ち溢れています。彼らは「Larger than Life」というキャッチフレーズでこの場所を表現しているのですが、まさにピッタリです。

トゥームストーン準州立公園へのツアーの出発点となるドーソン・シティーは、「ゴールドラッシュ」の金採掘をめぐる19世紀の歴史を今に伝える街。夏と冬には素晴らしいカナダのオーロラを見ることができる場所として、徐々に注目されてきています。

金採掘ブームの末期には巨大な重機を使って地面を掘り返すということが行われたのですが、永久凍土の中に埋まったマンモスが石器と共に発見されるという事態が多々発生しました。これも狩りをしながら、ツンドラ地帯を動物たちと一緒に南下していた痕跡です。

ロマンあふれる話ではありますが、学説はその後の考古学的新発見により発展し、現在ではもっと雄大な話になっているようです。

それはまた、次回ということで。