トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2015年2月18日水曜日

自習カナダ史第3話:毛皮とブランケットの話



紀元前1万年前頃の北米大陸。氷河期が終わり気候は徐々に現在のようなものに変わっていったものの、やはり北緯60度線を越えると、現在でも真冬ではマイナス40度にもなろうとする極寒の世界。この中を徒歩で旅をするために必要な防寒術は、北米大陸への旅を進める上で必要不可欠のものでした。

狩猟民であった彼らは、カリブー、ホッキョクグマ、アザラシ、エルク、鹿、レイヨウ(羊)、バッファローの毛皮を巧みに縫い合わせる服飾の技術を持ち、集団ごとに違ったデザインをあしらう文化を持っていました。素材としてカリブーの毛皮は特に保温効果高く、体全体を柔らかく包み込むように工夫された防寒着の構造は、厳しい寒さの中で生き延びる生活の経験と知恵の結晶によってもたらされたものです。

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当時の人類は50名ほどの小さな集団を作り、数十メートルという極めて小さい範囲をテリトリーとし、それぞれ離れて独自の生活を送っていました。気候の良い夏の間に狩りを行い、毛皮や保存しておいた食料で厳しい冬をしのぎ、何世代にも渡って移動を続けて暮らしていました。

地球の気候が温暖になり人口が増え始めると、集団が増えるにつれて、交流が生まれます。お互いの関係性におけるバランスが崩れないように周到に作り上げられ、今どきで言うセキュリティーがしっかりかかったネットワークは、長い時間をかけて完成した自然から学び共生する彼ら独自の文化の一部でした。

ヨーロッパから入ってくる文化は、この暮らしを大きく変えて行きます。

大航海時代の終わり頃に、北西航路を求めるヨーロッパ人達がカナダに到達し始めます。彼らが最初に目をつけたのが、先住民が使っていた毛皮。その美しさに魅せられたヨーロッパ商人はカナダに植民地を作り、先住民の「Trading route」と呼ばれる陸の交易路と彼らのネットワークを利用して得た大量の毛皮を本国に送り始めます。カナダはヨーロッパ人にとっては、最大の毛皮生産国とみられていたわけです。

乱獲によって捕獲地の種が絶滅の危機に瀕すると、さらに地域を拡大して新たな捕獲地を求めるようになります。集団の間で行われていた交易はヨーロッパ商人との間で行われる商取引に変わり、ヨーロッパの移民政策に翻弄されるようにして、彼ら同士も領土争いを起こすという複雑な歴史を刻みます。

決して良いことばかりではなかったヨーロッパ人の到来。それでも、先住民に好まれたものがあります。それが「ポイント・ブランケット」というイギリス製ウールのブランケット。毛皮に比べると「軽くて暖かい」と評判になり、ビーバーの毛皮と交換し、ブランケットを使って防寒着を縫い合わせていたのだそうです。

「ポイント」というのは、ビーバーの毛皮と交換する時に目安となる数字。ブランケットの大きさと重さで基本の1ポイントを決め、数によってブランケットに目安となるラインを入れて、1ポイント=ビーバーの毛皮1匹分としたことから、こう呼ばれるようになりました。最初にこのブランケットが使われたのは、今から200年以上前の1779年のこと。ブランケットには必ずポイントを表すラインが入れられました。

「Hudson's Bay Company」はその後カナダ最古のデパートとして営業を続けていますが、このブランケットは、今もカナダで購入することができます。