トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2013年3月4日月曜日

ロンドンでインシュリン発見の歴史に触れる


カナダは知る人ぞ知るノーベル賞を排出する国。1901年に創設されたこの賞に輝いたカナダ人は、これまで12名(ちなみに日本は18名)。その第一号となったのが、フレデリック・バンティング博士(1891-1941)です。彼は1923年に、当時は死の病として恐れられていた糖尿病の特効薬「インシュリン」を発見した功績が認められ、トロント大学で彼の研究をサポートしたジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウド博士と共にこの年のノーベル生理学・医学賞を共同受賞をしました。上の写真は1923年8月27日号のTIME誌の表紙を飾ったバンティング博士です。

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今回のロンドン訪問の一つの目的は、このバンティング博士ゆかりの場所「バンティング・ハウス(Banting House)」を訪れること。街の中心にある観光案内所から車で5分ほどの住宅街に、ありました。駐車場に車を停めて(有料)中に入ると、今回のナビゲーション役のグラントさん(上の写真の方)。彼はここでキューレーターとして忙しい毎日を過ごしています。外はれんが造りですが、中に入ると木造のあたたかい風合いで、バンティング博士ゆかりの様々な品を見て当時をしのぶことができる記念館のような格好になっています。

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バンティング博士は、オンタリオ州アリストンに5人兄弟の末っ子として産まれた生粋のカナダ人。青年期にカナダ軍への入隊を希望したのですが叶わず、トロント大学医学部へと進みます。第一次世界大戦時にはカナダ軍医療部隊へ配属された後大佐としてフランスへ配属されると、1918年9月28日には自分自身が負傷し命の危険があるにも関わらず献身的に医療活動を続けた功績が認められ、15万人の中からわずか2,877人にしか与えられない「ミリタリー・クロス」という称号を授与され、「英雄」として人生の初期を過ごしました。

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退役後は医師としての道を歩み始めますが、決して恵まれたものではなかったようです。トロントでなかなかチャンスをつかめずにいた彼は友人医師の勧めもあり、1920年にオンタリオ州ロンドンに家を購入、7月1日に個人医院を開きます。しかしなかなか患者が訪れず、最初の月はわずか4ドルの収入だったと記録されています。同じ年の10月にウエスタン大学(ロンドン)で手術のインストラクターとしての職を得ますが、経済的な困窮は続いていたようです。

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インシュリンのアイディアを思いついたベッド

こうした中で、彼にとって運命の時となる10月30日が訪れます。「炭水化物代謝」という不慣れなテーマでの講義の準備のために借りた文献の中に膵臓に関する論文に釘付けになります。夜中の2時にその論文から得たアイディアを書きとめた25文字のメモが、その後のインシュリンの発見へと導きました。

当時新たな設備を建設中のウエスタン大学では彼の研究の実現の見込みは少なく、インシュリンの研究を行うために1921年にはトロント大学へと移ります。その時彼は「ロンドンに留まって困窮生活を続けるより、トロントでチャンスをつかみたい」と親しい友人に語ったそうです。

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トロント大学の研究所では助手のベスト氏とパートナーを組み、犬による実験を繰り返した後にコリップ博士によりインシュリンの抽出方法も大きく改善され、1922年には最初に人にインシュリンが投与され成功を収めました。こうして当時は死の病であった糖尿病が、バンティング博士が発見したインシュリンの投与により治療を受け長く生きられることになり、1923年にはその功績を称えてノーベル賞が授与されることになったものです。

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彼がインシュリンのアイディアを思いついた家は、今では「Banting House」としてカナダの史跡に指定され、カナダ糖尿病協会(http://www.diabetes.ca)の本部としても使われています。1989年7月7日には、現在のイギリスのエリザベス女王の母である王太后 Her Majesty Queen Elizabeth The Queen Mother がここを訪れ、4千名が見守る記念式典で「希望の灯(Flame of Hope)」に点火をし、バンティング博士の功績を称えるとともに糖尿病と闘う多くの患者を励ましました。

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バンティング博士は「ロンドン滞在中の一年間は必ずしも失敗ではなかった。もしロンドンにいなければ、私の研究は始まることはなかったから。ロンドンでの時は悲しいものではあったけれど、その時に私の人生を根本から変えるようなアイディアが生まれたのも事実である。そしてそのアイディアは私のその後の将来を変えるだけでなく、さらに多くの人の未来をも変える事になった」と語っています。

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「いまだにこの場所を訪れる多くの人が、バンティング博士への感謝のメッセージを残しています」と語るグラントさん。1階の一室を訪れると、小さなカードに記された感謝のメッセージが壁一面に張られています。バンティング博士がインシュリンのアイディアを思いついた2階のベッドのある部屋には、当時そのままの壁紙とベッド(フレームのみ)が残されていて、ここを訪れる人がベッドに座ったり横たわる事もできます。

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グラントさんはここを訪れる人々のためにバンティング博士について、インシュリンの発見について、カナダと糖尿病との関係について熱く語るメッセンジャー。将来を夢見る研究者がこの地を訪れ、2階のベッドに横たわったり、生後間もない赤ちゃんが糖尿病とわかり、悲嘆に暮れた母親がこの場所にたどり着くと最後にこのベッドに座り、これから始まる糖尿病との闘いに勇気づけられる、といった瞬間に立ち会うこともあるそうです。

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医療には力を入れているロンドン。「バンティング・ハウス」はその一面を知ることができる場所として、ぜひ訪れてみてはいかがでしょう。場所はロンドン観光案内所(ダンダスとウエリントン通りの交差点)からだと、車で5分ほど。入場料は大人5ドル(5歳以下の子供は無料)。

Banting House National Historic Site‎
442 Adelaide Street North
London, ON N6B 3H8, Canada
http://www.diabetes.ca/about-us/who/banting-house/information/

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