トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2012年1月10日火曜日

トロント市の始まりを探る


自分が住んでいる場所がどういう所なのか、そのことを学ぶために一冊の本「Mark Osbaldeston : UNBILT TORONTO, A History of the City that might have been」を昨年の秋に購入、少しずつ時間を作って読み始めています。

今を遡ること3500年以上前のこと、現在「トロント」と呼ばれているオンタリオ湖畔北側地域に人が住み始めたのは紀元前1500年。ヒューロン族と呼ばれる先住民族が住んでいました。私達が住んでいる場所の歴史をたどって行くと、そこには植民地戦争によって先住民族が翻弄される歴史が見えてきます。



ヨーロッパから北米に探検隊が到達したのが1534年。フランス人探検家ジャック・カルティエがセントローレンス川に到達してから200年程は、カナダはフランス領でした(ヌーベルフランス)。当時ヨーロッパ各国は北米やインドに向けて植民地を拡大させていたのですが、その覇権争いは七年戦争(1756年〜1763年)に発展し、この戦いの結果フランスはパリ条約(1763年)により北米から撤退、イギリスが北米の植民地の覇権を得ました。

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トロントに来た時に「カナダの公用語は英語とフランス語」と聞いて不思議な感じがしたのですが、歴史的にはこういう背景があったのですね(写真はケベックシティー)。

パリ条約から約20年後の1787年になると、イギリスはオンタリオ湖北部の土地を、所有していたミシサガ族から購入。その3年後(1790年)には植民地統治法を制定し、翌年の1791年にはセントローレンス川の上流地域である現在のオンタリオ州南部をアッパーカナダ(アメリカからの開拓者とイギリスからの移民が主に居住)、現在のケベック州をローワーカナダ(フランス語を話す人々が住む)と区分し統治体系を確立しました。

2年後(1793年)に John Graves Simcoe が初代アッパーカナダ副総督として統治責任者として就任すると、拠点となる町づくりを始め、現在のパーラメントとフロントの周辺地区を「ヨーク」と名付けます。1796年になると、首都をこれまでのナイアガラ・オン・ザ・レイクからここに移し、名実共にアッパーカナダの中心地としての「ヨーク」が確立、これがトロント市に引き継がれて行きます。街のデザインを考える「アーキテクト」という人々が関わってくるのですが、当時二つの原案があったそうです。

まずは1788年に Gother Mann が起草した「Torento Harbour」。南端をキング、西をバサースト、北はハーボード、東をベイの四つの通りに囲まれた一マイル(1.6キロ)四方のエリアを正方形に切り取るもので、碁盤の目のような都市デザインを考えました。彼は当時のイギリスを彷彿とさせる街の構造を好み、理想的な街の設計を目指します。彼は中心に公園を配置し、その周りに政府機関、教会、司法、病院を左右対称につくる均整の取れた美しい街並を描きました。
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実際に採用されたのは1793年に Alexander Aitkin が描いたより現実的な街のプランで、エリアとしては現在のセントローレンス・マーケット周辺(アデレード、チャーチ、フロントに囲まれたエリア。現在 St James 教会のあるあたり/写真)が選ばれました。こういう歴史をたどっていると、街をデザインする「アーキテクト」という仕事はとても面白いものだと感じさせられます。

米英戦争(1812年〜1814年)の終結後、1834年に市制が導入されると「ヨーク」は「トロント」と名称を変更し、いよいよ「トロント市」の誕生です。

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上の写真はセントローレンス・マーケットの北側、キングに面しているビクトリア風の代表的な建物の一つであり、かつての社交場として賑わった「St Lawrence Hall」。建物の前にはここだけ「ガス灯」がともっていますが、トロント市が始まった時にかつては中心地だったのですね。今カナダのオペラの歴史を調べているのですが、1851年10月、スウェーデンのオペラ歌手がカナダで初めてアリアを披露したのが、この「St Lawrence Hall」だったことから、このエリアはカナダの文化的中心地の役割も果たしていたようです。

去年、「19世紀のトロントをハイパークで見つける」というブログエントリーを書きましたが、イギリスの植民地としてのトロントはこの時期イギリスから多くの建築家がやってきて目覚ましい発展を遂げたことがわかります。(http://blog.makotophotography.ca/2011/10/19.html

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現在の市庁舎はベイとクイーンの角にありますが、200年前は現在のセントローレンス・マーケットの南棟の場所(上の写真)にあったのだそうです。

ジャック・カルティエがカナダに入ってから300年、イギリスが統治を始めてから約50年を経てトロント市は誕生し、178年が経過しています。

ちなみに1894年に作成されたトロントの地図を見ると、当時のオンタリオ湖畔は現在のエスプラナーデまで迫っており、現在のQEWハイウエイから向こう側は湖でした。

トロントはこうして始まったのですね。