トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2011年12月30日金曜日

2011年を写真で振り返る(前編)


「2010年はどうだったか、というと、良い意味で期待を裏切られたというか、いくつか新しい経験もあったことは良かったと思います。少しは思い通りに写真が撮れるようになってきたのかなぁと、、、しかしこう振り返ってみると、何かが足りないような、もっとできるような、それが一体何なのか? これは旅に出るしかないですね。」
これは昨年の12月30日に書いたブログの最後の一文。

あれから1年、今年も振り返ればあっという間に過ぎ去って行き、今日はトロントで12月30日、日本では日付が変わって大晦日を迎えています。恒例の「写真で振り返る」ですが、今年は出来事が多かったので今日と明日の二日間で書いてみたいと思います。

まず始めに触れたいのが、3月に日本で起きた未曾有の大災害「東日本大震災」のこと。NHKのニュースはこちらでもライブで見ることができますが、その晩深夜遅くテレビを見ていた妻の叫び声で起こされ、津波が襲うその映像を見ながら日本から遠く離れている日本人として、まず最初は一体日本で何が起きているのかを理解するまでに時間がかかったのは事実です。次第に全体像が分かって来るにつれてトロントにいる自分に何ができるのか、そのことを考えました。翌日に書いたブログ(ブログ記事)はトロントで情報が錯綜している中でとにかく何かを書かなければと生々しい状況の中で綴ったものですが、今でもあの状況の中でどこまで自分が冷静でいられたのか、それをどのように文章にしたのかを問う意味で読み返すことがあります。




この直後に大震災前から予定していたモントリオールに行き、滞在したホテルで見た新聞の一面は福島第一原発のニュースで埋め尽くされていました。日本では津波災害の事がクローズアップされている中で、こちらでは最初から「原発事故」と「放射能」がキーワードとして盛んに報じられていたことも記憶に新しいところです。
訪れた観光名所の旧市街「ノートルダム大聖堂」の中に入ると、ざわついた心をよそに静かな祈りの時間が流れていることに、ある種の驚きを感じたことを記憶しています。「ああ、この建物は長い歴史の中で、恐らくこのような出来事を何度も経験して、その都度人々の祈りを受け止めて来たのだ」と、建物自体が存在していることそのものに改めて敬意を払いつつ、うつろいやすいこの時代の中にあって「ここに立ち続けている」という存在の重みから多くを学んだのも、モントリオールで出会った「何かの縁」であったのかと今更ながらに思います。


その日も礼拝堂では、いつもと変わらない日のようにして祈りのろうそくがともされていました。


モントリオール滞在中に長男に頼んで撮ってもらった写真が送られてきましたのがこれです。震災直後数日もたたないうちに、息子の通っているトロント大学で行われた「Toronto for Japan - Charity Japanese Rice Ball Sale」。トロント大学の学生、ワーキングホリデーでトロントに滞在している若者を中心に、驚く程素早くオーガナイズして実行に移しました。




素早い企画と行動力の若者たちには、頭が下がるばかりです。自然に私に何ができるのだろうか、ということを考えるようになりました。

永田社中 GAMBARE NIPPON CONCERT 2011-04-21
不思議なもので、その後「私に何ができるか」ということの答えを見つけるよりも先に震災チャリティーのイベントが次々と始まり、何かにひきずられるようにして多くのチャリティーイベントに出席しては写真を撮り原稿を書きローカルの日本語新聞に寄稿をするという作業が、いつしか私の「震災支援」になっていったことは今振り返っても不思議なことでした。
撮影のために連絡をし、挨拶を交わし、メールでやりとりをしているうちに、チャリティーを計画している人たちが「その場にいてもたってもいられず」何かを始めようと決意したこと、そして長い時間をかけて計画を実行に移して行ったこと、その後に起きたあらゆる難しい交渉ごとを一つ一つ解決して、「とにかくお金が必要」と募金を日本に送り続けて行く姿を目の当たりにしました。
日本ではとかく有名都市で行われるイベントが優先して報道されることが多いのですが、実は世界各地の「名もない街」に住む日本人が、おそらく今も大震災のことを忘れずにいて、「継続して」何かができないかと考えているのです。
もう一つ、日本人はもとより地元カナディアンの多くの人々が支援に協力してくれた事は我々の驚きでした。

以下がe-nikkaという日本語新聞のウエブサイトに寄稿したものです。これらを今読み返してみると、とにかくトロントで起きている出来事についてただただシャッターを切り続けたというように言って良いのではないかと、そのように思います。写真の下のタイトルをクリックすると記事が出てきます。

ashita: artists for japan

『トロントの若いアーティストたちにも広がる支援の輪
「明日 Ashita: Artists for Japan」チャリティーイベント』
(トロント・ダウンタウン/3月31日号)

20110403_120420

『がんばれ日本!
ナイアガラでも支援の輪が広がる』
(ナイアガラ・フォールズ/4月7日号)

Ikebata Nursery School Charity Flea Market / Bake sale for Japan Earthquake Relief

『子供たちも被災者を応援
池端ナーサリースクールでフリーマーケット』
(トロント・ダウンタウン/4月14日号)

Japan Benefit Party by JETAA Toronto
『JETAA TORONTO (JET同窓会)
「Japan Benefit Party」で被災者支援』
(トロント・ダウンタウン/4月7日号)

HOPE - Fundraiser for the Earthquake in Japan (Oakville)

『届け、支援の祈り
「HOPE - Oakville for Japan」』
(オークビル/4月14日号)

Charity Event @ Kingston 2011 April
『お母さんたちの力が一つに・・・
国境を越えた震災チャリティーイベント』
(キングストン/4月21日号)

Pecha Kucha Night @ Toronto 2011
『日本を元気に!
「PechaKucha Night」in トロント』
(トロント・ダウンタウン/4月21日号)

永田社中 GAMBARE NIPPON CONCERT 2011-04-21
『届け!太鼓の響き、被災地へ
永田社中「がんばれ日本!」コンサート』
(トロント・ダウンタウン/4月28日号)

Kick it for Japan (JFT Toronto)
『サッカーボールにのせた被災地応援メッセージ
JFTチャリティー「Kick it for Japan」』
(トロント・ダウンタウン/4月28日号)

Canada Runs for Japan - Toronto Marathon 2011
『小雨のなかトロント・グッドライフ・マラソン
「Canada Runs for Japan」も参加、被災者支援募金行う』
(トロント・ダウンタウン/5月19日号)

トロント・リポートを書いている「地球の歩き方ブログ」でもまとめを掲載しました。

『東日本大震災支援のためのチャリティーイベント』(トロント・ダウンタウン/5月26日)
『コンサートにスポーツイベント、震災支援は様々な形になって・・』(5月28日)

Canada Runs for Japan - Toronto Marathon 2011
『雨の中のトロントマラソン!』(5月16日)


この記事の中で出てくる「Canada Runs for Japan」というランナーズ・グループは、トロント日系文化会館でTシャツをチャリティー販売している所に通りかかり、代表の永本氏と名刺交換しただけという出会いでした(もちろんTシャツは購入したのですが)。
その後直接連絡があり「今度皆でマラソンを走るのですが、写真を撮ってもらえませんか?」という所から交流が始まり、その後3つのマラソンについて関わりを持つことになりました。

『虹に向かって走るランナー達/ナイアガラフォールズ国際マラソン』(ナイアガラ・フォールズ/10月24日)

彼だけではなく、実に多くの人にこの期間に会い話をする事ができたのも、チャリティーイベントのおかげと感謝しています。特にこの時の様子はEventJotというツイッターと写真が同時に記録できるiPhoneアプリを使って同時中継も行い、多くの方々に見ていただく事ができたのは喜びでした。

中継ツイート:ナイアガラフォールズ国際マラソン(最新の10枚のみ。クリックすると全部が見られます)


まだまだ書く事があるようにも思うのですが、「大震災」という悲しい出来事の中にも導かれるようにして新しい出会いの種がまかれているように思わされる一年でした。
実は今年は私にとって大きく出会いが広がり活動が広がった一年でした。そのように意識的にしていったということが大きかったのですが、常に頭の中にあった考えはあのモントリオールの大聖堂。長い間同じ所に立ち続けてあらゆるものを「そこで」受け止めて来た場所のことです。結果として振り返ってみると、私にとっての「その場所」とは、要するに「シャッターを切り続ける」という非常に単純な結論に導かれたのですね。それは非常に明快で、自分はこういうことをしてきたのであり、こういうことをしていくのだという線が見えたように感じた一年でした。(後半に続く)