トロント(カナダ)在住20年の筆者が、カナダ国内旅行やトロント市内を中心としたイベントで撮影した写真で綴るブログです。
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2011年10月21日金曜日

19世紀のトロントをハイパークで見つける


ハイパークの南のはずれ、普段から目立たない場所、私を含め多くの人が通り過ぎてしまうこの場所に「Colborne Lodge」(http://www.highpark.org/colborne.htm)という小さな建物が建っています。この建物、実はハイパークをトロント市に寄贈したJohn George Howard氏(1803 - 1890)が建てた自宅。彼はこの場所を愛し生涯住み続けたのですが、没後約120年を過ぎた今も彼の自宅は当時のままに保存され、現在ではミュージアムとしてHoward氏と当時のトロントの暮らしを伝える貴重な場所となっています。ハイパークのことを調べているうちに彼の存在にたどり着き、今回自分の目で確かめてみようと訪れてみました。




彼はイギリスに生まれ結婚後トロントに移住をしてきたという経歴の持ち主。英国では建築家としての経験を積み、トロントでもこの技術と経験を生かして街の建築に大きく寄与しました。例えば当時の歩道は人ひとり歩けるほどの幅しかなかったのですが、彼は現在のような幅広い歩道を最初にトロントに導入したのだそうです。その他、彼は数々のれんが造りの建築を指揮しました。


入り口を入ってすぐ右には暖炉があるとても豪華なリビングルーム。お客様をお迎えするお部屋です。それ以外には、妻のJemimaがくつろぐ場所としても使われていたようです。壁には何枚もの絵がかかっていますが、すべてHoward氏の作品。彼は建築家/大工を生業としていましたが、絵画の腕もなかなかのもの。19世紀のトロントがどんな様子だったのか、彼がどのようにしてトロント市の街並と建築に寄与したのか、その様子が彼の絵画から伺い知ることができます。


次の間にかかっている絵画。これは当時のドンバレーを描いたものだそうです。


彼は測量家としても有名でしたが、彼が書いた当時のハイパーク周辺の地図が残されています。オンタリオ湖畔がハイパークの際まで迫っていますが、現在の湖畔は埋め立ての結果なのですね。


これはダイニングルーム。


19世紀初頭のトロントは、まだカナダが英国の統治下にあった時代。当時は政府や市より、家族やご近所といった結びつきが強く、特に家庭の主婦が多くの権限を持っていたそうです。そのために、毎日午後に行われる「ティー・パーティー」という集まりで情報交換をし、様々なことがらが話し合い、主婦達の手によって物事が決めていったのだそうです。そういう意味ではこの「ティー・パーティー」が小さな政府と言っても過言ではないようです。結果として当時は奥様の許可がなければ家の中では何もできなかったそうですよ。それは今も変わらないのかもしれませんが。。


ふと目に留まる備品にも驚かされます。例えばこの容器。水道水がなかった時代、飲み水は貴重。こういう容器から注がれたのだそうです。


二階は寝室。これはHoward氏のベットルームから想像する彼らの暮らしは大変優雅なものであったことが忍ばれますが、実は英国から移住して来た当初は仕事もなく、外で凍えるような寒さをどう生き抜くか、といような生活だったのだそうです。


そこから一念発起し、建築家として認めてもらうために書いたスケッチを、当時この地域を管轄していたColborne卿に見せ、それが目に留まったことから職を得たのだそうです。こうしたストーリーを知ると、彼は才能豊かな人であったと同時に、不屈の人でもあったという彼の人柄にも触れることができます。


階下に降ります。これを彼が全部つくったというのですから、驚かされます。


降りてすぐの所にある「隠し部屋」。家の中での主婦の権限は強大なものがあったわけですが、話を聞くと、彼はここに、この家の中で唯一くつろげる場所として作ったのだそうです。


部屋の中には、シャワー付きのお風呂。実はこのお風呂、北米最古のバスタブつきのお風呂なのだそうです。


お湯とお水の蛇口がちゃんとありますね。彼はここで湯船につかり、いろいろなことをゆっくりと考えたのだそうです。お風呂というのは、当時そのような場所として使われていて、ただ身体を洗うだけの場所ではなかったのですね。


洋式のお手洗いもあります。


さて、廊下を抜けて次の部屋へ。ここはキッチンです。さまざまな調理道具が並べてありますが、木製のものはすべて手作り。


これは「レモン絞り機」。子供の頃からこうしたものを手作りする教育を受けているので、母親が「こういうものが欲しい」というと、森に行って木を切り出して、ナイフで削って上手に創るのだそうです。


家具等もみな自作。これらは皆男の仕事。子供の頃に遊びとして、女の子のためにおままごとの家具を作る所からはじまり、家具の作り方を遊びながら学んでいたのだそうです。女の子はというと、このようにして男の子にものを作らせることを学び、家を治める方法を学んでいったのだそうです・・・


地下に降ります。


冬に使われるキッチン。オーブンに火を入れると、それが家の暖房にもなるというアイディア。良く考えられています。


これは使用人たちの部屋。とても大切にされていたようです。まだまだ書ききれないことが沢山あるのですが、機会がありましたら是非この場所を訪れてみていただきたい・・・ここはなかなか多くの人が訪れるような有名な場所ではないのですが、トロントという場所がどのように近代化していったのかということを知る数少ない場所として、「知る人ぞ知る」歴史スポット。


この日、建物内を案内していただいたクリスティーンさん(右の額に入っているものはHoward氏の唯一残された写真)は、Howard氏と当時のトロントの暮らしを情熱的な解説で語って下さり、聞いている私も思わず当時が思い起こさせられる程の迫力にたじたじでした(すべて英語だったのが残念)。 トロント観光の楽しみはいろいろとありますが、こうした歴史を学ぶことで、よりトロントを深く知ることができるので、個人的には大変お薦めです。秋から冬にかけてのプログラムがありますので、ウエブサイトで確認の上訪れていただければ・・・